google-site-verification: google8e5924af78b7cebf.html 禁酒するまで(結婚して)


禁酒するまで③~結婚後、エスカレートした飲酒


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親の忠告を気にも留めず

一人暮らしをして2年半後、一身上の都合により

商社を退職し大阪で家業をすることになりました。

帰ってからの私の酒量を見て父親が言いました。

 

「お前は福岡に居り続けてたら

近いうちに飲み過ぎで死んでたな。ええ加減控えや」と。

 

そんな言葉は気にも留めず、

夕食時に飲むビールくらいではたいして酔わないので、

食後に近所のスナックへもよく通いました。

もう親の忠告など聞く耳を持たなかったのです。


 結婚後、記憶がない「夫婦喧嘩」

1989年結婚しました。

披露宴での友人のスピーチでは

「彼と言えば、まず最初に思いつくのは酒です」

云々と私の本当の姿を紹介してくれました。

妻もこの時点で、ある程度はしょうがないなと思っていたと推察します。

 

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でも実際、家庭の中では夫婦お互いが本音をぶつけ合いますよね。

だからよく言い合いになり、その時の私はすでにお酒が入っています。

妻は真剣に意見を言い、私はそれに応酬するのですが、翌日・・・。

 

私には昨晩の記憶が全くないのです。

 

こんなこと妻側から見ると許せるでしょうか。

はじめのうちは大目に見てもそれが何度も続くと誰だって切れますよね。

 

fotolia_fuufugennka

 

「お酒さえ飲まなかったらいい人やのに」

ってよく言われました。

その言葉を聞きながら私は

「ふ~ん、そうでっか~」

ってお酒を口にしながら相槌を打ち

「やめられへんもん、しゃあないわ」

と開き直り、かつ辛抱を強要していました。

 

自分勝手だとは思いながらも、続けた飲酒

お酒にまつわる不祥事を数えあげたら切りがありません。

警察にお世話になったこと、

遠方へ車で家族サービス(妻と子供4人)に行ったものの

無断で私一人だけが、突然タクシーで帰宅したこと。

妻や子供たちをほったらかしたまま・・・。

 

urban scene of young alcoholic grunge man sitting on ground street corner drinking alcohol bottle with shadow on concrete wall in edgy lighting at night in the city

その他夜中に道端で寝てたなんてことは、

妻にとっては「知ったことか」なのでしょう。

飲みに行った私の帰宅を待っていたことなんて一度もなかったですから。

 

でも私は内心では

こんな自分でも一人の夫であり、子供らからすれば世界でたった一人の父親なんやから、

いずれは許されるやろう」と考えていました。

アルコール依存者の自分勝手で放漫な言い分です。

(今この文章を書きながら、めっちゃくちゃ自分に腹が立ってきました・・・ひどいわ)

 

このころになると妻は

「あの時のことは一生(文句)言い続けるからね」

といい、また子供たちはほとんど口をききません。

それでも私は「これも自分の人生や」と開き直り

飲酒をエスカレートさせていったのです。

 


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