google-site-verification: google8e5924af78b7cebf.html 妻の難病・好酸球性血管炎①~始まりは膝下のしびれから


妻の難病・好酸球性血管炎①~始まりは膝下のしびれから


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禁酒禁煙をして健康を楽しんでいる私の横で

突然、妻(51)に病魔が襲ってきました。

後日「難病です」と医師から告げられたこの病は

好酸球性多発血管炎性肉芽腫症

(こうさんきゅうせい・たはつけっかんえんせい・にくげしゅしょう)

といい妻の場合、膝下のしびれから始まりました。

 

整形外科で診断されたのはヘルニア

昨年(2016年)秋のお彼岸。

私の方の親戚が集まりお墓参りをしたときは特に何もなかったんです。

その際恒例になっている食事の席でも妻はいつもの振る舞いでした。

妻が言うにはその翌日から「右膝下のしびれ」が気になりだしたとのこと。

一週間ほど後(9月29日)に最寄のS整形外科へ。

レントゲンの結果

「椎間板ヘルニアからきている。加齢によるものでしょう」

と、S医師。

 

HERNIA Medical Report with Composition of Medicaments - Pills, Injections and Syringe

牽引治療をすすめられ、そのときは深刻な感じはなかったのです。

しかしその後、同じ治療を1~2度繰り返すと回復どころか左足先もしびれるようになり

妻の不安は徐々に広がっていきます。

 

10月3日の晩には眠れないほどの足の痛みで牽引治療やS医師に対しても疑問を持ち始め

義母に相談したところ、昔からお世話になっているM接骨院で診てもらうことになりました。

このころ、しびれは「足裏」にまで広がっていました。

 

接骨院治療「後」の激痛

10月11日、完全予約制のM接骨院にて診てもらい治療を受けました。

「背骨のゆがみが原因。3ヶ月も治療を続ければ治るでしょう。

その後は月に一度通院してもらえば大丈夫です」

しかし、その晩です。妻が激痛に襲われます。

 

それは

「真剣に死ぬことを考えた。この痛みから逃れるには、死ぬ以外方法はない」

と思った程だと・・・。

 

妻は翌日、このことを私にこれまで見たことのない追い詰められた目で

語りかけてきました。

非常に印象的で、私は一生忘れられそうにありません。

 

depressed woman

 

「深刻や」

そして

「できることのすべてをしよう」

と思いました。

ヘルニアってこんなにきついんや・・・。

私は家にいる娘三人に

「これからはお母さんに頼らんように。長丁場になるで」

と協力を促しました。

(娘が三人(19~26才)もいて幸運なんだと思いました)

このころ鎮痛剤の「ロキソニン」や「ボルタレン」はもはや全く効果がなく

妻の実家から譲ってもらった「リリカ」「トラムセット」という

強めの鎮痛薬でなんとか凌いでいたようです。

この時点で私はこれらの鎮痛剤について、詳しくは知りませんでした。

 

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鍼灸院で言われた坐骨神経痛

10月13日 鍼灸院K堂

頼りにした接骨院の治療で激痛が起こったので、

もう藁をもつかむ状態です。

妻の姉の紹介で鍼灸院K堂へ行ってみました。

車で30分程かかります。

そこで言われたのは以外にも

「ヘルニアではなく坐骨神経痛です」

でした。

「(M接骨院で言われた)背骨のゆがみなんて誰にでもあります。

問題は『冷え』です。暖かくすること」

一連の針治療のあと、先生が

「ある判定がありまして、この長い針を足の下部に刺して

痛みがあれば『軽症』、なければ長引きます」

と言いながら、刺された針による傷みは

「なかった」のでした。

 

リリカ、トラムセット(鎮痛剤)の禁断症状

私は先のM接骨院よりもこちらの鍼灸院のほうが何となく信頼できると

思いました。

「やはり『冷え』からきてますが、うまくすれば一ヶ月で治りますよ」

と、先生は言われます。

足を温めるにはどんな方法があるか。

お風呂、貼るカイロ、足湯、運動・・・。

義母に足湯に連れて行ってもらったりもしました。

 

私や家族があれこれ考えていても妻の「坐骨神経痛」は一向によくなりません。

義父は「まず痛みをとるのが第一。知り合いのペインクリニック(麻酔科)の先生に相談しよう」

と言われましたが、そこで出される鎮痛剤(リリカ、トラムセット等)は「準麻薬」であることを

ネット検索で知り、また禁断症状もあるとのことなので躊躇していました。

リリカ・トラムセットの禁断症状に警告!」

今は一時的に服用しているに過ぎないと思っていたのです。

つらい思いをしている妻の周りで丁々発止やりとりをしている毎日でした。

 

妻が逝ってしまう

10月16日(日)

前日、妻は痛みで一睡もできなかったそうです。

私は妻のそばにいるとき、痛みがあればすぐにその足をさすりました。

膝であったり、膝の裏、足首・・・。

もともと細身の体型の妻ですが、このときは

「普通のやせ方ではない。激やせってやつか」と、さすりながら思っていました。

「散歩でも行こうか?足湯もいいけど運動も大事や」

と言って。

車で5分ほどの公園のそばにコンビニがあり、駐車料の代わりに

少しのデザート等おやつを買って、妻の手をとり公園へ。

このときは手をとれば「歩けた」んです。

ほんの20~30分でしたが季節的にもちょうどよく、

ベンチに座ったり、ほんわかした気分でした。写真も撮りました。

 

Fotolia_kouenn bennti

 

10月17日(月)

この日も眠れていないとのことでしたが、なぜかやや元気で

「昨日の公園の散歩で足に少し筋肉ついたわ」

と妻が言いました。

「そんなんわかるんか?」

「逆に減ったのもわかるで」

見た目にやせ過ぎた足だからこそ、感覚としてわかるのでしょう。

元気そうに見えたので少し仕事を手伝ってもらい

夕方、鍼灸院K堂へ。

一連の治療のあと、この日も例の「ある判定」をしてもらいました。

すると妻は

「痛い!」

神経が反応してる?軽症か?治りかけてる?

数回、その判定をされました。

妻はその都度悲鳴にも似た声をあげました。

それを耐え、治療後外に出て、20mほど先にある駐車場へ向かうとき

手を差し伸べると、元から弱っている妻が、判定の際の針の痛さと

それを待ち受ける際の緊張の連続で、疲れ切った表情をしながら・・・。

というか、握っている手から妻の体重が感じられなかった。

 

「軽すぎる・・・」

 

判定針の激痛を耐え抜いて呆然とした顔、やせ過ぎた顔、街灯に照らされたせいか

真っ白に見えるそんな顔を見ていると

 

「このまま逝ってしまうんやないか」

 

って思ってしまうほどでした。

丸二日、睡眠がとれていなければ、こんな風になってしまうのか・・・。

 

越えたと思ったヘルニアの峠

車に乗り

「S整形外科に行ってみよか?

強い鎮痛剤と睡眠剤出してもらおうや」

「あそこ行ったら、また牽引のリハビリさせられそうや」

「あほか。おれが言うたる!」

疲れてる上にもう一軒医院にいくのはキツ過ぎると思いましたが

妻も私の気持ちがわかってくれていて

(実家からでなく)医者から「リリカ」なりの鎮痛剤を処方される安心感を

もぎ取る覚悟でS整形外科に向かったのです。

院内に入った二人は50代にもかかわらず、おそらく70代くらいの老夫婦に

見えたのではないでしょうか。

トボトボと手をつなぎながら受付に行き、小さな声で事情を話したところ

他にも多くの患者さんがいたにもかかわらず、すぐに名前を呼ばれました。

私は治療効果の是非云々は一切言わず、現状の疲れ切った妻をS医師に見てもらい

「とにかく強い鎮痛剤と睡眠剤をください。二日間も眠れてないんです」

と必死で訴えました。

結果、リリカ75mgとマイスリー(睡眠剤)を処方していただきました。

 

私はこの晩、もし妻が眠れなければどうすればいいのか、

実はわかっていませんでした。

ただ心の中で願うだけ、でした。

そこへ実家から電話があり、今日は睡眠剤を1錠のところ2錠飲むようにアドバイスされ

私も賛成しました。

そして、妻は眠れました。

約11時間。

リリカの効果もあったのかほとんど痛みも感じずに。

 

よく眠れたこの日、妻は義母とともに足湯に行きました。

私はこのとき「ヘルニア」の峠は越えたのかもしれないな、という甘い思いを持っていたのです。

 

 


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