google-site-verification: google8e5924af78b7cebf.html アルコール依存者の禁酒方法~「理性」で?それとも「感情」で?


アルコール依存者の禁酒方法の選択~「理性」で?それとも「感情」で?


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9月7日のテレビ番組「世界仰天ニュース」

~アルコール依存症の真実・スペシャル~

を観ました。

 

アルコール依存症の真実の話のあらすじ

結婚前の健康な女性が酒に強いことを褒められたことから

飲酒量が増えていきます。

結婚、妊娠後も歯止めがかからず、迎え酒、隠し酒と進み

男児を出産するものの、アルコール依存症と診断される。

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それでも飲酒しながらの育児をつづけるが

アルコールが切れれば離脱症状で手足がふるえ、大量の汗をかく。

酒を持ち歩くようになり、離脱症状のひとつ「不眠」に襲われる。

その後、「幻覚」があらわれ、ついに入院へ。

3ヶ月で退院後、医師から貰った効酒剤を捨ててしまい、スリップ(再飲酒)。

あきれ果てた夫は離婚。

悲しむのかと思えば

「これで思う存分飲める」

と喜ぶ始末。

ブラックアウト(深酒による記憶障害)も何度も起こし

血液検査ではγ(ガンマ)-GTP は1000以上(基準値は女性32以下)。

そのうちに再度の幻覚や幻聴に悩まされ、何と4度目の入院。

搬送される際、長男の

「お母さん、行かないで」

の言葉が彼女の母性を目覚めさせ、ようやく禁酒を決意する。

現在は自助グループ(断酒会理事)にて禁酒継続30年以上だという。

 

私は入院はしなかったものの・・・

私もアルコール依存を自認するほど飲んできましたが、

入院には至りませんでした。

ただ飲酒量は、平日、帰宅後ビール500ml×6本、焼酎3杯程度。

休日は朝から飲み、迎え酒なんて当たり前で、

寝ては飲み、寝ては飲みの完全なアル中生活でした。

肝機能で見れば

禁酒をする約3年前にγ-GTP437。半年前で216。

禁酒効果から考えてみる⑤~肝機能、血圧編 (参照)

彼女ほどではありませんが、基準値(男性50)の4~8倍以上ととんでもない数字でした。

ブラックアウトはほぼ毎日。

違いといえば、幻覚、幻聴が現れなかったぐらいでしょうか。

(平日の昼間は飲まずに仕事してましたが・・・)

 

依存症の方の入院とは

上述の彼女は入院を4回したとのことでした。

私の読んだ、吾妻ひでお氏の「アル中病棟」に書いてありましたが

入院中にはアルコール依存症の知識や今後飲まないために

自助グループ(断酒会等)の例会に出席したり、

いろんなプログラムがあるようです。

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なので一見、退院時には依存症とは「オサラバ」なのかと思いきや

上の彼女の例の如くそのようではないらしく、

入退院を繰り返す人が少なくないようですし、

中には入退院歴を自慢する風潮が院内にあったりとか。

また、自助グループに入っていても、スリップする人もおられるようです。

これらはどう考えればよいのでしょうか。

 

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入院で学んだ知識を活かせず「スリップ(再飲酒)」

私は幻覚や幻聴も経験せず入院もしてはいませんが

上に挙げたようなスリップされる方々の気持ちはわかります。

彼らはアルコールの自分に及ぼす悪影響や、

飲まないことのプラス面

そして飲まない方法を知識として十分に教えられているはずです。

では何故スリップするのか?

孤独だから?

快楽が欲しい?

眠れないから?

その他にもあるでしょうが、要は

つい目の前にある酔いという欲望を「一瞬だけ」満たしたくなる。

いや、長い年月をかけて体が覚えてきた感覚を味わってみたくなる。

それだけはしてはいけない、とわかっていながら

 

学んできた知識が活かされていない、つまり理性が働いていない

 

からだと、言わざるを得ません。

 

「理性」で抑えられない依存者

退院したり、自助グループから離れて一人になったとき

あの酔った心地よさを思い出し、つい一杯やってしまう。

「飲んじゃダメだ」とわかっていながら、

一杯飲めば元に戻ってしまうのを十分知っていながら。

fotolia_94019489 ヘッダー酒 サンプル

これはもう理性では抑えられないのではないですか?

つまり「感情」で飲まない方法を考えないといけない。

 

「理性」よりも「感情」で抑えた私

私は、禁酒に成功する際、もはや理屈では無理なんだと感じたのです。

私の禁酒のきっかけは、娘の将来の芽を摘んでいる自分に腹立たしくなったからです。

禁酒を決意した動機(きっかけ) (参照)

以前の自分のしでかした醜態を常に思い出しながら根性禁酒を続けました。

もちろん娘のことも思いながら。

もはや「理屈」ではなかった。

禁酒本に載っている酒の欠点をいくら並べようが、

酒をやめたらどんなメリットがあるとか

そんなことはどうでもよかった。

ただ、娘のために、この長年酒にまみれた体を

飲んではいけないのに、酒を欲するこの体を

いかに鞭打ち、軌道修正させるか。

長年の習慣を改めさせるか、ということだけを必死に考えていました。

そこに理性の入る込む余地はありません。

酒をとことん「悪者」に仕立て上げ、

「自分は悪くない、この体の違和感(禁断症状)は酒のせいだ」

と言い聞かせていました。

騙されていた、憎い、辛い思いをさせやがって・・・。

そう思わないと自分が浮かばれない気分でした。

 

酒との縁切りは「感情」で

それほどに酒の毒は甘くないということなのでしょう。

アルコール依存症から抜け出すこと。

とても理性的な「きれいごと」ではアイツ(酒)と縁切りはできそうにない。

私の提唱する禁酒方法とは、こういう理由で「感情的」になり

また、それが最も効果的なものだと私は思っています。

とはいえその感情は表に出すのではありません。

「内に秘めた感情」

ってやつです。

 

もしあなたが適量飲酒のできる方が

難なく禁酒されているのを羨ましく思うことがあれば

「自分は少数派なんだ」

ということを思い出してください。

禁酒へのキーワード「少数派」 (参照)

 

それを再認識するのがベストだと思います。

 

 

 

 

 

 


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