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「禁酒セラピー」を読んでも禁酒できない人のために②~追記


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前回記事 「禁酒セラピー」を読んでも禁酒できない人のために の追記です。

 

kinnshu serapi- tuiki

前回『同書を読み返してみて納得いかない箇所が多々ある』と書きましたが

その一つが「普通のドリンカーに対する著者の偏った見方」でした。

そして大きな意味でいうとあと二箇所あります。

その他、こまごましたところは無視して差し支えないと思います。

 

1.「代替品を使ってはいけない」には反対です

『代替品を使わない。それが遊びであれ、ノンアルコール飲料であれ、食べ物であれ、とにかく代替品を使ってはいけません』(P197)

著者は禁酒することで開いた穴をノンアルで埋めることはよくない、と言いたいようですが

 

「別にそんなんええでしょ」

 

と、私は思います。

私自身、禁酒実行以来ず~っとノンアルビールを飲んでいます。

仕事を終えた後のノンアルと柿の種はやめられません。

禁酒する、というだけでそれは人生の一大事なのですから。

それだけで充分プレッシャーがかかっています。

代替品くらい自由に選んでもバチは当たらないでしょう。

ちなみに私はノンアルを飲みながらも

2ヶ月で肝機能は正常値に戻りました。

禁酒効果から考えてみる⑤~肝機能、血圧編」(参照)

 

2.「最後の一杯」の見解が違う

著者は最後の一杯について

『目的を達成できたと実感できる。大切な儀式』(P200)

と書いていますが、正直言って私にはピンときません。

それより私が飲んだ最後の「缶ビール」は

 

ケジメの一杯でした。

 

自分自身に言い聞かせるように

「お前は今まで、どれだけの迷惑を周囲にかけてきたか、

どれだけの心配をさせてきたのか、それらの過去を思い出しながら

充分反省するんや、ほんで

その原因はこの酒なんやで。もう、これで最後にしときや」

という自分への戒めでした。

この「ケジメ」は大切だと私は思います。そういう意味で

著者の言葉は「曖昧」な気がします。

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「最後の一杯」でもうひとつ

『ジン、ウォッカ、ラム酒などのうちあなたが一番まずいと思うものを選びましょう』(P203)

これもよくわかりません。なぜ、一番まずいものを選ぶのか?

私は上に書いた意味とは別に、もうひとつ、禁煙の際の「最後の一本」を重ね合わせてしまいます。

つまり、アルコール依存の連鎖の強制終了です。

同書にも何度も出てきますが、アルコールには脱水作用があり、すぐにもう一杯が欲しくなると。

それを強い決意によって

「脱水作用覚悟の上」で最後の酒を飲むのです。

あとから小悪魔がもう一杯くれと言ってくるのは承知の上。

そんな”やわ”な覚悟じゃないよ、という意思表示で飲むんだと私は思っています。

 

禁酒を目指す人への有意義な内容

私が同書を読んで違和感を感じたのは、大きく言って、

前回記事に書いたのと今回ご紹介したことくらいのものです。

200ページほどある同書のほんの一部に過ぎません。

その他、書かれていることは、禁酒を目指すあなたにとって

大変有意義な内容だと思います。

Fotolia_naruhodo

人は生まれ育った環境、習慣等により物事に対する価値観はまちまちです。

ひとつの本の内容に対する評価も、その読者によって異なるのは当然のこと。

私はこの本のお蔭で禁酒できたと思っています。

何度も同書を読むことで、そして自分の考えを加味することで成功できた。

自分の考えとは同書を読んだから浮かんだアイデアであり

読んでいなければ、今だ依存者の苦痛を味わっていただろうと、ぞっとする思いです。

あなたも私と同様の、または違う箇所での違和感を持たれたとしても

それこそ、お酒の(上での)話なので、大人の対応を願うものです。

 

最後に、私は同書の発行元とは、一切関わりのない者であることを付け加えておきます。


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